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異邦人・幸福な死

追記:『幸福な死』はカミュの未発表だった作品、異邦人のもとになったと言われている。主人公の名前がメルソーとムルソーであることから一目瞭然である。
世間一般の評価では、当然のように異邦人のほうが評価も高い。カミュ自身もそうであると思っていただろう。カミュは幸福な死を公開しなかったのだから。
以上を踏まえての記事である。そのため追記が前にきた。



カミュの「異邦人」と「幸福な死」、読み終わった。
幸福な死は半分くらい読んでしばらく放置、異邦人読む、幸福な死を初めから読む。この順番で読んだ。

異邦人は結構読みやすいのとページ数少ないので、けっこうスピード出しながら読んじゃった。そのせいか分からないけど、カタルシス的なものは感じなかった。もう一回読んだほうがいいかも。
あと、主人公のムルソーが後述するメルソー君より人間離れしているから、そこに共感とかが生まれなかったのかも。
この終わり方がいいんだろうけど、欲を言えばムルソーが死ぬところまで描写してもらいたかった。幸福な死では最後ちゃんと死んでるからね。いろんな草稿があってその全てでは死ぬところまでは描写してなかったらしいけど。

幸福な死は、これがまた読みづらい。表現が抽象的すぎたり、論理が飛躍してたり(ここはあえてかもしれない)でかなりこんがらがる。ただめちゃくちゃ共感できる日常的表現もあった。
ただこれは日本語訳の問題というか、学者さんが訳してるから直訳調で、多分フランス語の特徴が日本語に訳されても残ってるのかも。多分+かもって表現なんかあれだね。
文字数はこっちの方が多いと思うし、読みづらさもあるから読む時間はこっちのほうが数倍かかった。
でもそのおかげで、カタルシスがすごい。やばい。
頭が突き抜けるよう、ってこういうことなんだろうなあ、って感じ。正直何が面白いかは説明できない。文学全てにおいて言えることだろうけど。構造主義なんかはそこら辺に手を付けてるのかな?よくわからん。
あと上で言ったように幸福な死の主人公・メルソー君は人間味があるほうだから、共感湧きやすい。共感ってのは文学の面白さの一要素だと思う。

個人的には、『幸福な死』のほうが『異邦人』より面白かったです。
カミュの著作の中で最高傑作は『異邦人』っていう人いるけど、読み方の違いかな。そこらへんかなり気になるから、もう一回異邦人読むか。積んである本まだあるんだけどね。
シーシュポスの神話読みたくなってきた。どうでもいい話だけど、シジフォスって言い方のほうが好き。

カミュの、及びキェルケゴールの、不条理に対して人間はどうするか、ってあれ。

1.自殺
2.宗教を盲信
3.不条理を受け入れて生きる

カミュは2は思考の放棄であるとし、哲学的自殺だとした。そして3の生き方をよしとした。
しかーしキェルケゴールは、3は自殺を引き起こすとして退け、2を選択した。
僕が宗教好きなのは、社会的規範として宗教を見てるのもあるけど、心の何処かで宗教に救いを求めてるのかもしれない。でも僕は宗教を盲信できないだろうから(単純に規律戒律がめんどくさい)、叶わぬ恋、みたいなものを宗教に抱いてるのかも。書いてる本人はそんなつもりは一切ない。

結論:自殺サイコーーーーーーーwwwwwwwwwウェーイwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

今積んである本:若きウェルテルの悩み、小説秒速5センチメートル、変身
ウェルテルは今あんま読む気おきない。秒速消化して変身読むかな。

色々哲学について論じたりしてますけど、僕は哲学書読めません。
哲学書ってそこまで論理性がないというか、こじつけだったりすることもあるのと、あとはただ読書自体が苦手。
本を読むのは苦痛でもあるんだけど、無理やり読んでる。マンガに慣れてるから、頭がめんどくさがり。
なので、僕の哲学の知識は全部wikipediaです。wikipedia最高だぜええええ!!!!!!
おしり。
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縦令真理を教えてくれる神がいようとも、それの語ったところは僕にとっては真理ではないのです。

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